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| お茶の歴史 |
5000年前『農業や漢方の神様 神農皇帝が今日の漢方薬の
基礎なる実験、すなわち様々な薬草を探して口に含みかんで調査
した。その際解毒のためにお茶を食した』
という話があります。
それが正しければお茶は5000年の歴史があるんです。
現在のようにお湯で煎じて飲むスタイルはもう少し後の時代
からのようです
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西暦670年ごろ陸羽によって書かれた世界で最初の専門書
『茶経』で
始めて”お茶を飲む”という記述を見ることが出来ます |
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日本ではどうでしょう?
史実として確かなのは815年に嵯峨天皇が近江に行った際、
永忠と言う僧が茶を煎じて献上したところ、天皇がいたく気に
入って、畿内、近江、丹波、播磨の国にお茶の栽培を奨励した
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と言う話がありますが、面白いことにその後,お茶の記録が
300年後の鎌倉時代まで残されていないんです。
当時はどういうお茶の味だったのか興味ありますね。
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その後、鎌倉時代になり再び日本にお茶をもたらしたのが
臨済宗の開祖・明庵栄西。
南宋時代の中国から持ち帰った茶の種子を背振山(現在の
福岡県と佐賀県)の霊仙寺に蒔いた。
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明庵栄西 |
と言う記録があります。栄西禅師は1211年『喫茶養生記』を
著し、製法から薬効まで解説し、”粉末にしたお茶を茶碗に
熱湯を注いで飲む”と言う飲み方を紹介しています。
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喫茶養生記です |
室町時代になると武士の間でもお茶が飲まれるようになり、
ワインのティスティングのような『闘茶=とうちゃ』という茶会が
盛んに開かれました。
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闘茶はこのような感じです |
闘茶はやがて100年ほどで衰退していき、『侘茶=わびちゃ』
の文化が花開きます。武士たちの派手な宴会ともいうべき闘茶
への反動で誕生した侘茶は奈良の僧”村田珠光”によって提唱
され有名な孫弟子の”千利休”によって完成されました。
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千利休 |
この日本独自の『茶道』という文化は、外見の華やかさにとら
われずにものごとの本質を見極めようというもの。華美な道具
や装飾を廃止、必要最低限のミニマリズムの中に”美”を見出
そうとしたのです。その精神はまさに『侘』。
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